鳩ぽっぽ
よろずにかきちらしてまする。
2006'02.24.Fri
彼というひとについての、最も鮮烈な記憶は油性絵の具の匂い。
木目が見えないくらいに色という色で塗装された、パレット。
* *
両親に囲まれて、初めて。初めて彼と出会った時、少女はその蒼い瞳が零れんばかりに見開いて、口元に隠すように思わず手を添えていた。
「紹介するわねコゼット。彼が、今日から家にしばらく下宿することになった、画家のマルチェロ・オルランドよ」
「初めまして。コゼット・ドーヴェルニュ」
まだ二十歳には達していないだろう…あどけなさが残る顔立ちの青年は、柔らかに微笑をたたえながら浅く腰掛けていた木箱から立ち上がり、軽く会釈をした。
「は、はじめ、まして…」
「あらあら。どうしたのコゼット」
なぜか気恥ずかしくなった14歳のコゼットは、すす、と母の後ろへと引き込んでしまい、誰とでもすぐに打ち解ける、懐っこい娘の珍しい所作に、驚いている。
「不思議ですね、コゼットとは、僕。どこかで会った事があるような気がするんですよ…なぜでしょう」
「あらマルチェロ。この小娘を口説くには、まだ早すぎますわ」
「お、お母様!!」
背後に回ったまま、コゼットは母のドレスを引っ張って抗議する。
冗談と受け取っているのかそうではないのか、判然としないコゼットは、なんとも返答せぬまま笑うマルチェロを、母が前で両手を結んでいる為に腕と腰の間に生まれた隙間から、覗いている。コゼットは妙に高揚した、変な気分に包まれている。
「しかし…本当に、綺麗だ。コゼットは。まるでお人形のよう」
紫を細めて妙な所からこちらを監視している少女を、青年は困ったように亜麻色の髪を掻きあげ、目をやった。
予期せず鉢合った視線は、コゼットの感覚では火花が散らせた。
彼女は顔を真っ赤にさせる。なぜだかよく分からないが恥ずかしくて、青年がただでさえ優しく甘いマスクに、蜂蜜を塗して顔を蕩かせたので、このまま致死量に何かが達して、死んでしまうのではないかと本気で思った。
「お、おかあさま…どうして、あの、マルチェロ画伯は、家に?」
しばらく下宿するというのならば、なんらかの用件があるということだ。父が絵画が好きで、自画像もよく描かせているが、専属絵師は既にドーヴェルニュ家にはついている。白髪を蓄えた、コゼットにとって親しみ深い祖父のような存在の絵師である。
祖父を解雇でもしてしまうのだろうか、とも心配になったが、実際彼女の頭を占めていたのは、いつまで自分がこうして動揺し続けなければならないのかという、不可解な心配だった。
「ああ。そうね、まだ話していなかったわ。マルチェロ。貴方からお話くださいな。私は、夫から昨日話を聞いたばかりだから」
「分かりました。僕も、直接彼女に話そうと思っていたんです」
話の流れについていけず、コゼットは母のドレスを握りしめて右往左往視線を母と青年に往復させていて、ふと。彼女の白磁の横顔に影が落ち、不思議に思ったコゼットがそちらに顔を向けると、驚きのあまり心臓が飛び出しそうになった。
マルチェロがいつの間にか母の正面から移動し、母の後ろに隠れるコゼットのすぐ隣に腰を折ってしゃがんでいる。
そして止めとばかりに、青年は一撃必殺の会心の笑みを浮かべて言った。
膝に肘をのせて頬杖付き、小首を傾げている青年をみて、昔絵本で読んだゴマちゃんを思い出す。
「コゼット。君の絵を、是非描かせてもらいたいんだ」
「お、おかぁさまぁ〜!!」
コゼットは悲鳴を上げた。
木目が見えないくらいに色という色で塗装された、パレット。
* *
両親に囲まれて、初めて。初めて彼と出会った時、少女はその蒼い瞳が零れんばかりに見開いて、口元に隠すように思わず手を添えていた。
「紹介するわねコゼット。彼が、今日から家にしばらく下宿することになった、画家のマルチェロ・オルランドよ」
「初めまして。コゼット・ドーヴェルニュ」
まだ二十歳には達していないだろう…あどけなさが残る顔立ちの青年は、柔らかに微笑をたたえながら浅く腰掛けていた木箱から立ち上がり、軽く会釈をした。
「は、はじめ、まして…」
「あらあら。どうしたのコゼット」
なぜか気恥ずかしくなった14歳のコゼットは、すす、と母の後ろへと引き込んでしまい、誰とでもすぐに打ち解ける、懐っこい娘の珍しい所作に、驚いている。
「不思議ですね、コゼットとは、僕。どこかで会った事があるような気がするんですよ…なぜでしょう」
「あらマルチェロ。この小娘を口説くには、まだ早すぎますわ」
「お、お母様!!」
背後に回ったまま、コゼットは母のドレスを引っ張って抗議する。
冗談と受け取っているのかそうではないのか、判然としないコゼットは、なんとも返答せぬまま笑うマルチェロを、母が前で両手を結んでいる為に腕と腰の間に生まれた隙間から、覗いている。コゼットは妙に高揚した、変な気分に包まれている。
「しかし…本当に、綺麗だ。コゼットは。まるでお人形のよう」
紫を細めて妙な所からこちらを監視している少女を、青年は困ったように亜麻色の髪を掻きあげ、目をやった。
予期せず鉢合った視線は、コゼットの感覚では火花が散らせた。
彼女は顔を真っ赤にさせる。なぜだかよく分からないが恥ずかしくて、青年がただでさえ優しく甘いマスクに、蜂蜜を塗して顔を蕩かせたので、このまま致死量に何かが達して、死んでしまうのではないかと本気で思った。
「お、おかあさま…どうして、あの、マルチェロ画伯は、家に?」
しばらく下宿するというのならば、なんらかの用件があるということだ。父が絵画が好きで、自画像もよく描かせているが、専属絵師は既にドーヴェルニュ家にはついている。白髪を蓄えた、コゼットにとって親しみ深い祖父のような存在の絵師である。
祖父を解雇でもしてしまうのだろうか、とも心配になったが、実際彼女の頭を占めていたのは、いつまで自分がこうして動揺し続けなければならないのかという、不可解な心配だった。
「ああ。そうね、まだ話していなかったわ。マルチェロ。貴方からお話くださいな。私は、夫から昨日話を聞いたばかりだから」
「分かりました。僕も、直接彼女に話そうと思っていたんです」
話の流れについていけず、コゼットは母のドレスを握りしめて右往左往視線を母と青年に往復させていて、ふと。彼女の白磁の横顔に影が落ち、不思議に思ったコゼットがそちらに顔を向けると、驚きのあまり心臓が飛び出しそうになった。
マルチェロがいつの間にか母の正面から移動し、母の後ろに隠れるコゼットのすぐ隣に腰を折ってしゃがんでいる。
そして止めとばかりに、青年は一撃必殺の会心の笑みを浮かべて言った。
膝に肘をのせて頬杖付き、小首を傾げている青年をみて、昔絵本で読んだゴマちゃんを思い出す。
「コゼット。君の絵を、是非描かせてもらいたいんだ」
「お、おかぁさまぁ〜!!」
コゼットは悲鳴を上げた。
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